契約を結ぶ際は紙の契約書を作成し、「署名」「押印」をすることが一般的でした。しかし、電子契約では物理的に印鑑(ハンコ)を押すことができません。
これまで、契約書には必ず押印をしてきた方にとっては、印鑑(印影)のない契約書は法的効力などの面で不安があることでしょう。
結論から言うと、電子契約において印鑑(印影)は不要です。なぜ電子契約に印鑑が不要なのか、その理由を「契約における印鑑(ハンコ)の必要性」の観点から詳しく解説します。
※印影(いんえい):ハンコを押したときに紙に写される朱肉の跡。
※印章(いんしょう):ハンコの正式名称。一般的に印鑑と呼ばれている。
※印鑑:役所や銀行などに登録したハンコ(実印・銀行印など)の印影。一般的に「印鑑=ハンコ」と認識されている。
そもそも契約書にハンコを押印する意味とは
紙の契約書の場合、署名・捺印を求められますよね。このように署名や押印が必要となるのは、契約を結ぶ際に、口約束だと証拠にならないからです。そのため「署名+印鑑」での契約は、商習慣としても一般的な行為となっています。
しかし、実は印鑑(印影)自体には法的効力はありません。たしかに、契約書に印鑑(印影)があるということは証拠として重要ですが、法的効力を発揮するために必要不可欠な要素があります。
印鑑が法的効力を持つためには「本人の意思によって押印されたか」という点が争点となります。契約書を証拠として提出する場合には、押印された印鑑が本人の意思によるものかどうかの証明が必要であると民事訴訟法228条で言及されています。
民事訴訟法228条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。(2〜3項省略)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
このように、民事訴訟法228条では、契約書などの文書に当事者の署名または押印がある場合は、本人の意思でその契約を締結したと推定できるとしています。
しかし、手書きの署名ならまだしも、押印の場合、誰が印鑑を押しても同じ印影となりますよね。印影だけでは本当に本人の意思で押印されたものかまでは判断することができないはずです。
では、「本人の意思で押印された」ということを、どうすれば証明できるのでしょうか?どのような場合に本人性を立証できるかについて、過去に裁判所が以下のように述べています。
昭和39(オ)71 求償債権等請求 昭和39年5月12日 最高裁判所 判決 棄却(民集 第18巻4号597頁)
【裁判要旨】私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とするから、民訴法第三二六条により、該文書が真正に成立したものと推定すべきである。
つまり、(本人が押印したかどうかわからない場合でも)契約書などの書類に本人の印鑑による押印があるということは、本人の意思によって契約が成立したものと事実上推定してよいということです。
契約書などの文書に押印をする人は、通常、その文書の内容が確定した後に、その内容を認識した上で押印をするという経験則が存在するとされています。そのため、押印がされた文書については、文書が真正に成立していることが推定されることになります。
- 文書に本人の印影があるということは本人の意思によって押印されたと推定される
- 民事訴訟法228条4項の規定によってその文書は本人の意思によって締結されたと法律上推定される
上記のように1つ目の推定を前提に、民事訴訟法228条4項における推定効が得られることを「二段の推定」と言います。
この二段の推定を基に「印鑑を押した契約書」への信頼が形成され、紙の契約書には印鑑が必要という考えが浸透しているのです。
なお、推定に頼らず、より決定的に本人性の担保をする場合には、「印鑑(印影)」と「印鑑証明書」によって本人性を立証することになります。
「二段の推定」とは
①文書の作成名義人の印影が、当該名義人の印章によって顕出されたものであるときは、反証のない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され(一段目の推定)、②「本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と定める民事訴訟法228条4項の規定により、文書全体の成立の真正が法律上推定されます(二段目の推定)。
この規定は、あくまでも裁判上の文書の形式的証拠力(文書の証明力を判断するにあたって最低限必要な条件)の推定に関するルールです。契約書や領収書等の文書の押印のルールについて定めるものではないことに留意が必要です。
電子契約で印鑑(印影)が不要な理由
上の見出しでお伝えしたように、契約書などの文書には本人の意思による「署名」または「押印」が必要です。つまり、契約書には「署名」があればよいので、印鑑(印影)は不要だと言えます。
電子契約における文書の扱いも紙の場合と違いはありません。紙の契約の場合と同様に、電子契約の場合には、電子署名法第3条にて、本人によって電子署名が行われた場合には真正に成立したものと推定するとされています。
電子署名法3条
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
上記の電子署名法の条文を見てもわかるように、電子契約ファイルに印鑑(印影)を付与することは求められていません。
つまり、電子契約において重要なのは「電子署名」であって、電子契約に印影(の画像)を埋め込む必要は法的にもまったくありません。したがって、電子契約に印鑑(印影)は不要だと言えます。
しかし、電子契約サービスの中には電子印鑑(印鑑の画像)を付与できるものがあり、多くの企業が利用している状況があります。なぜ電子契約に必要ないはずの電子印鑑を付与して文書のやり取りが行われているのでしょうか?
電子契約における電子印鑑の役割としては「可視性」を高めるために用いられていると考えられます。
これまで紙の文書では、意思表示の証として印鑑を使用されていたため、承認や締結を済ませた文書かどうかの判断を印鑑の有無で判断していたこともあるでしょう。そうした場合、電子契約においても、その契約が締結済みなのかどうか判断しやすくするために電子印鑑(印鑑の画像)が必要だと考える場合もあるようです。
なお、電子契約の場合、本人性を担保するために「電子証明書」にて本人性を立証します。電子証明書は、第三者機関である電子認証局により厳格な審査によって本人確認が行われ上で発行されます。電子証明書の役割は、紙の契約書における印鑑証明書に相当すると考えてください。
電子署名とは
電子署名とは、電子契約に付与することで当該データにおける本人性や非改ざん性を証明するものです。書面契約での押印や直筆サインと同じような役割を持ちます。
電子署名には暗号技術が施されていて、本人が契約書を作成したことを法的に証明する事が可能。加えて、タイムスタンプを付与することで時刻を記載できるため、契約書が作成された時間やそれ以降に内容が改ざんされていないことも証明できます。
電子契約サービスにおける電子署名は、次の3種類「クラウド署名」「リモート署名」「ローカル署名」に分けられ、それぞれ以下のような違いがあります。
- クラウド署名:電子契約サービスの事業者がクラウド上で電子署名に使用する鍵を管理
- リモート署名:利用者がサーバー上で鍵を管理
- ローカル署名:ICカードなどを電子署名の鍵として使用する
なお、クラウド署名は立会人署名型(事業者署名型)、リモート署名とローカル署名は当事者署名型に分類されます。立会人署名型(事業者署名型)は電子契約サービスの事業者が電子契約に使用する鍵を管理し、当事者署名型は電子契約サービスの利用者が鍵を管理するという違いがあります。
ハンコなしでも契約書の法的効力は変わらない?
電子契約では印鑑(印影)がなくても法的効力は変わりません。
上述したように、電子署名法によって、電子契約では電子署名があることで本人の意思による契約だと推定します。そのため、電子署名さえあれば証拠として用いることができます。
ただし、電子契約はデジタルデータなので、偽造や改ざんをされる可能性があります。偽造や改ざんを防ぐためには、電子署名だけでは不十分です。
そのため、電子契約では電子署名と併せてタイムスタンプを付与することが必要となります。タイムスタンプとは電子契約の非改ざん性と存在性を証明し、電子署名と併用することで法的効力を担保する仕組みです。
一般的な電子契約サービスは、電子署名やタイムスタンプなどの機能を利用することができることが多いです。
契約後に紛争になって訴訟に発展した場合、電子契約の法的有効性が争われる可能性はゼロではありません。電子契約サービスを選ぶ際には、電子署名やタイムスタンプなどの機能が利用できる電子契約サービスを選び、証拠能力を担保するようにすべきです。
電子契約に正式な印鑑(印影)を使うリスク
電子契約に印鑑(印影)は不要だとお伝えしましたが、可視性などの観点から印影の画像を電子ファイルに付与する場合もあるかと思います。
その際、実際に会社で使っている社印(角印)や代表者印(会社実印)など正式な印鑑をスキャンして取り込んだ印影(の画像ファイル)をアップロードして埋め込むことは避けるべきです。
正式な印鑑をスキャンして取り込んだ印影(の画像ファイル)をアップロードして埋め込むことによるリスクとして、物理的な印鑑を偽造・複製される危険性があります。
現代の技術発展により、スキャナの性能が向上し、高精度なスキャンが可能となっており、さらに、画像から立体物を製造する高性能な3Dプリンタが誕生したことで、簡単に印鑑を偽造・複製することが可能です。
たしかに、実際の印鑑は精巧に作られており、こだわって作った手彫り印鑑などは見栄えもいいので、電子印鑑として使用したい気持ちもわかります。しかし、正式な印鑑をスキャンしてアップロードして使用することは、偽造・複製のリスクを自ら高める行為に他なりません。
上述したように、電子契約において印鑑(印影)は法的有効性にまったく関係がありません。
そのため、少なくとも、会社実印など紙の契約書で実際に用いている印鑑(印影)のスキャン画像をアップロードして埋め込むことリスクがあるので避けたほうがよいでしょう。
なお、電子契約で印鑑を使用する場合には、セキュリティの高い電子契約サービスを利用することが必要不可欠です。
電子契約のメリット・デメリット
ここまでお伝えした内容から、電子契約には印鑑は不要であるとご理解いただけたかと思います。
電子契約では、電子署名とタイムスタンプを併用して法的有効性やセキュリティを担保しましょう。おすすめは電子契約サービスを利用する方法です。
電子契約サービスとは、電子契約に必要な電子署名やタイムスタンプなどの機能を搭載し、セキュリティやコンプライアンスの強化、契約に関するワークフローの一元化などができるシステムです。
スムーズに電子契約に移行するためには、電子契約サービスの利用は必須でしょう。
以下で電子契約のメリット・デメリット、おすすめの電子契約サービスをご紹介します。
電子契約のメリット
電子契約サービスを導入するメリットには以下のようなものがあります。後述するデメリットと比較して電子契約サービスを導入すべきかどうか慎重に検討しましょう。
様々なコストの削減が可能
電子契約サービスを利用すれば、以下のコスト削減につながります。
- 収入印紙代
- 印刷代
- 郵送代
- 人件費
- 書面の保管費用
電子契約であればこれらの費用をまとめてカットすることができ、大幅なコスト削減効果を期待できます。特に、契約金額が大きくなりやすい建築業界などにおいては、収入印紙が不要になることの節税メリットは絶大でしょう。
契約業務の効率化
紙の文書で契約する場合、以下のような事務業務が必要となります。
- 契約書の印刷・製本
- 収入印紙の購入・貼り付け
- 封筒への宛名書き・発送 など
一方電子契約なら、印鑑が不要でインターネット上でやり取りを完結できるので、上記の作業を全てカットすることが可能。電子契約サービスの中には、パソコンだけでなくスマホに対応しているものも多いので、こうした電子契約サービスを導入すれば、出先や手の空いた時間にサッと契約業務を進められるでしょう。
また、電子契約サービスを導入することで全社で契約データを一元管理できるので、業務の透明性が上がり、作業のし忘れ防止にもつながります。
社員の業務負担を削減し、さらに契約締結にかかる時間も短縮できるのは電子契約サービスのメリットです。
文書の保管スペースが不要
契約書などの重要文書は一定期間の保存が法律で義務付けられています。
そのため、これまでは紙の契約書をファイリングして、鍵付きのキャビネットなどに保管しておくのが一般的でした。しかし、保管スペースの確保やファイリングの手間など不便に感じていた企業も多いはず。
電子契約であれば、契約書を電子データとしてクラウド上で保管可能。電子契約によって締結した契約書は、電子データを原本扱いとするため、わざわざプリントアウトして保管する必要もありません。
また電子データとして保管することで、データの整理や検索なども容易になります。さらに地震や火災などで契約書を消失してしまうリスクも防止できるため、BCP(事業継続計画)の観点からも電子契約サービスの導入はメリットが多いと言えるでしょう。
コンプライアンスの強化
電子契約サービスを導入することで、契約書の作成・文書の送受信・署名の日時といった情報が全て可視化されます。誰が・いつ・どこで書類を閲覧したのかが全てログとして残されるため、万が一改ざんなどのトラブルが起きた場合でも犯人を追えるのがメリットです。
また、文書の閲覧権限を設定できる電子契約サービスを利用すれば、外部の人に契約内容を見られる心配もありませんし、書面契約と違って、契約書を紛失して情報漏洩するといったリスクもありません。会社のサーバーもしくは電子契約サービスのクラウドで電子化した契約書を管理できるので、盗難に遭うこともないでしょう。
署名と印鑑を押した紙の契約書の方が信頼性が高く感じますが、実際は電子契約の方がリスクマネジメントをしやすく、コンプライアンスの強化に繋げられるのです。
電子契約のデメリット
一方、電子契約サービスの導入前に確認すべき注意点やデメリットには以下のようなものがあります。メリットの方が大きいと感じたなら、電子契約サービスの導入を前向きに検討してみましょう。
電子契約に対応していない契約がある
契約書の中には、法律で電子化が認められていないものが複数あります。そのため、自社で電子化できない契約書を多く取り扱っている場合は、電子契約サービスを導入することでかえって業務が混沌とする恐れがあります。
電子契約が結べない契約書の例として、以下のようなものが挙げられます。
- 宅地建物売買等媒介契約
- 定期借地契約・定期建物賃貸借契約
- マンション管理業務委託契約
- 訪問販売等特定商取引における交付書面
- 金融商品クーリングオフ書面 など
電子契約サービスを導入する前に、自社で取り扱っている契約書の電子化が認められているか確認しておきましょう。
社内の業務フローの見直しが発生する
これまで紙の契約書で行ってきた業務を電子化するとなれば、業務フローの見直しが発生します。一から新しい業務フローを覚えなければならないので、社内から反対意見が出る可能性もあるでしょう。
しかし、長期的に見れば電子契約サービスの導入は上述したように多くのメリットがあるため、事前に説明会や研修などを通して社内の理解を得ることが大切です。
取引先の協力・同意が必要になる
電子契約サービスを導入する際には、契約相手の協力や同意が必要です。日本は印鑑文化が根強いので、電子化が進む現在でも脱ハンコやペーパーレスに対して積極的ではない場合もあります。
電子契約サービスを導入して多くのメリットを享受するためにも、電子契約のメリットや法的効力などについてしっかりと説明するなど、相手側の同意を得るための対策が必要となるでしょう。
なお、電子契約サービスの中には、相手側のアカウント登録を必要としないものもあります。電子化の同意を得るには相手側の負担を減らすことが重要であるため、こういった敷居の低い電子契約サービスを利用するのも1つです。
おすすめの電子契約サービス
最後に、スムーズな電子契約を後押しするおすすめ電子署名サービスを3つご紹介します。いずれも電子印鑑に対応しているので、法的効力はないことを理解した上で見栄えや使いやすさなどで選んでみてもいいですね。
DocuSign(ドキュサイン)
DocuSign(ドキュサイン)は、世界シェアが8割を超える国際的知名度が非常に高い電子契約サービス。ドキュサインは多言語対応なので、大企業や海外との企業との取引がある会社におすすめ。高い機能性、セキュリティ、使いやすいインターフェース(アプリ有り)と非常にバランスのよい電子契約サービス。ドキュサインはシヤチハタ社との提携により電子印鑑機能も利用可能です。
CLOUDSIGN(クラウドサイン)
CLOUDSIGN(クラウドサイン)は、国内最大手の電子契約サービス。日本の法律ポータルサイト”弁護士ドットコム”、及びその運営会社がクラウドサインを運営しています。使いやすさにも優れており、気軽に安心して利用できるのが大きな特徴。クラウドサインでは疑似的な電子印鑑も押印可能です。
電子印鑑GMOサイン
電子印鑑GMOサインは、20万社以上の事業所への導入実績を誇る電子契約サービス(旧「GMO電子印鑑Agree」)。電子印鑑GMOサインはスマホアプリに対応した数少ない電子契約サービスの1つで、オリジナルの印鑑(印影画像)の登録も可能。生体認証(顔や指紋)を使ってのログインなど、電子印鑑GMOサインには便利な機能が搭載されています。
まとめ
契約を結ぶ際に求められる「署名」と「印鑑」。電子契約においては、証拠能力を持つのは「電子署名」のみで、「印鑑」は法的にも必要ではありません。
なお、電子契約サービスの中には、単純な電子データとしての電子印鑑ではなく、電子印鑑自体に本人識別情報が組み込まれたタイプの電子印鑑を提供するサービスもあります。電子契約で電子印鑑を利用したい場合は、そのような電子契約サービスを選択しましょう。
もし、可視性のためなどで電子印鑑を使用する場合は、偽造や複製など悪用されるリスクを理解した上で、紙の契約書でも使用する正式な印鑑(印影)のスキャン画像は避けて利用するようにしましょう。