電子契約とは、デジタルデータに本人認証や偽造防止などの技術を組み合わせることによって、当事者の印鑑やサインに匹敵する(あるいはそれ以上の)証明力を持たせた仕組みです。
電子契約サービスの仕組みを導入することによって、契約書の製本や署名捺印、契約の相手方への郵送といった手間が要らなくなります。社印の厳重な管理が不要となるのです。
電子契約サービスの導入によって書面のやりとりを省くことにより、社内の事務手続きも省力化され、従業員の負担軽減や業務の効率化、ひいては労働生産性の向上に繋がります。
また、郵送にかかる切手や、契約書に添付する印紙も省略できるため、コスト削減にも有効です。
ただし、電子契約には……
- 「サインや印鑑がないのに、なぜ契約は法的に有効となるのか?」
- 「いざというときに裁判などの証拠として使えるのか?」
- 「情報をオンラインでやりとりすることで、個人情報や企業秘密が外部に漏れないか?」
……など、いくつかの懸念点がありえます。
特に日本では、本人による署名(サイン)よりも、印鑑のほうを社会的に信頼しがちな「ハンコ文化」が、世間の常識として染みついています。
この国でサインや印鑑を不要とする電子契約書を社会的により普及させていくためには、技術的な品質を高めるだけでなく、電子契約サービスの仕組みに対する人々の理解を深めることも重要となります。
この記事では、電子契約サービスを安心して利用していただけるよう、電子契約が有効に成立し、契約を証明する手段として使える法律上の根拠となる「法的な仕組み」と、電子契約によって本人認証や情報セキュリティを確保できるIT上の根拠となる「技術的な仕組み」に分けて解説します。
電子契約が有効となる法的な仕組み
デジタル情報を扱うコンピュータやインターネットが普及する以前は、もちろん電子契約も存在しない時代でした。
民事訴訟法228条1項は「証拠としての文書については、その成立が真正であることを証明しなければならない」と定めています。
ここでいう「真正」とは、その文書を作成したと表示されている名義人が、自身で確かに作成したという事実を指します。
裏を返せば、名義人以外の者がその文書を勝手に偽造していない、という意味でもあります。
ただし、文書が真正に成立したことを客観的に証明するのは、実際、非常に困難です。
その文書が作成されている現場の様子が、映像や写真などで記録されていれば別ですが、そのような方法で文書の真正を証明するのは現実的といえません。
そこで、文書にある記載そのものから、確かに本人が作成した文書である事実、つまり文書の真正性を証明する仕組みとして、「筆跡」が古くから用いられてきました。
欧米では、本人の氏名を特徴的に記載した署名(サイン)をもって、文書の真正性を証明するのが一般的です。
日本でも平安貴族や戦国大名などが、文書に独自の花押を記すことで、サインと同じように真正性をアピールした歴史があります。
ただ、筆跡を超えて日本人に信頼されてきたのが印鑑・印章です。
古来、朝廷や幕府などが出した公的文書には、その多くに印鑑が押されていました。そのことから、権威や信用の象徴として捉えられてきた伝統もあります。
やがて庶民も印鑑を使うようになり、「印鑑は本人が大切に保管するもの」という常識や「印鑑が押してあれば、その文書は本人が作成したもの」という通念も世間に浸透していったのです。
その常識や通念を法律に反映するかたちで、民事訴訟法228条4項では「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と定められるに至りました。
もし、契約当事者とされている本人がその契約書の効力を否定したければ、「本人以外の何者かが、にせの署名や印鑑を使って契約書を偽造した」ことを示す、別の証拠を出して反証しなければなりません。
これが「推定」という法的な仕組みです。
もし反証に失敗すれば、署名や印鑑に名前が現れている本人が作成した文書として裁判で扱われます。たとえそれが真実に反していても、です。
役所で印鑑登録されている「実印」という存在や、契約書のページが不正に差し替えられていないことを示すために行う「割印」という慣習も、常識レベルにおける印鑑の信用性向上をさらに後押ししたといえるのでしょう。
ただ、近年のデジタル技術の発達により、署名や印鑑と同等かそれ以上に、確実かつ客観的なかたちで、電子文書の真正性を証明することができるようになりました。
西暦2000年に成立し、2001年に施行された電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)3条では、「電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの…(中略)…は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名…(中略)…が行われているときは、真正に成立したものと推定する」という規定が設けられました。
これは、電子署名がある電子契約書も、裁判の証拠として有効に採用するという意味です。その効力を否定したければ、紙の契約書に署名捺印した場合と同じように、別の証拠を出して電子署名が偽造された事実を反証しなければなりません。
サインや印鑑のある契約書と同等の「推定」の仕組みが、電子契約書にも採用されているのです。日本で常識として染みついた「ハンコ文化」を乗り越えようとする、画期的な法改正でした。
では、署名や印鑑に代わって、法的に文書の真正性を示すことができるようになった電子契約・電子署名の仕組みには、どのような技術的な裏付けがあるのでしょうか。
契約電子化の技術的な側面
電子契約サービスで用いられる電子署名の仕組みは、ネットバンキングやネットショッピングなどで一般的に使われる本人認証技術に似たものが使われています。
つまり、公開鍵と秘密鍵の組み合わせによって、インターネット上に流す情報を暗号化することで、第三者による不正なハッキングを極めて困難にする仕組みであるPKI(公開鍵暗号基盤)が用いられています。
また、電子文書の存在証明として機能するタイムスタンプも、電子契約の証明力を増すために重要な役割を果たす仕組みです。
電子契約「電子署名」の仕組み
電子署名には、大きく分けて2種類があります。
ひとつは「当事者型」と呼ばれる仕組みです。
電子契約の本人確認に利用するための電子証明書を認証局に申請し、確かに本人による申請だと確かめられた場合に、認証局から電子証明書が発行されます。これにより、電子契約の真正性が客観的に証明される仕組みなのです。
たとえば、本人が所持する電子契約用のICチップやUSBツールなどが、PCなどのデジタル端末で検知されたことを条件に、認証局が電子証明書を発行します。
このICチップなどを、契約当事者本人が印鑑と同じように大切に管理していることを前提として、電子契約書の本人確認が成立します。
認証局は、法務省が定めた基準に沿って運営されています。中には厳しい認証基準をクリアしたものとして法務大臣が特別に認めた認定認証局もあります。
電子署名法は、この当事者型電子署名を前提として定められました。
しかし、電子契約システムを積極的に採用している者同士が契約を締結する場面でしか使えないのがデメリットで、当事者型電子署名は現在、あまり普及していません。
もうひとつの仕組みは、近年急速に普及している「立会人型」の電子署名に関するサービスです。
これは、電子契約サービスの提供事業会社が、契約当事者の間に立ち、クラウド上で認証局と同じような役割を果たすことによって、本人確認を実現させるものです。
基本的に、IDとパスワードによって本人認証を行います。まるでネットショッピングをするときのような手軽な仕組みと親しみやすさで、電子署名を行えるのが特徴です。
もちろん、パスワードは他人に盗まれないよう、印鑑と同等以上に本人が厳重に管理しなければなりません。
また、電子契約サービスの仲介で、契約当事者の片方が正式に電子契約サービスを導入していなくても、電子署名を可能にするのが、立会人型の大きなメリットといえます。
ただし、電子契約サービス提供事業会社は、直接に総務省の監督下に置かれているわけではありません。
よって、立会人型電子署名の電子契約は、当事者型のそれと比較して、本人確認の信用性がやや弱いのです。電子契約サービスを提供している母体がどのような企業かを、前もって調べておくことも必要です。
電子契約「タイムスタンプ」の仕組み
また、電子契約書が他人によって不正に改ざんされていない事実を示すのが、タイムスタンプという機能です。タイムスタンプは電子署名と違い、ある特定の時刻に特定の電子契約書が存在したことを証明すると同時に、その時刻より後に、その電子契約書が書き換えられた事実がないことも証明します。
タイムスタンプの有効性を裏付けるのは、タイムスタンプの認証を専門につかさどる時刻認証局です。
つまり電子契約は、確かに契約当事者本人の正式な意思によって成立し、他人が不正に偽造や変造をしていない事実を、電子署名とタイムスタンプの組み合わせによって証明するデジタル情報なのです。電子署名とタイムスタンプ、どちらが欠けても電子契約の証明力は十分なレベルで満たされません。