ネット経由で商品を購入し、或いはサービスの申込みをすることは、今や極めて日常的な行為になりました。
また、事業者の立場で、ecサイトの開発・提供を検討される方も多数いらっしゃるでしょう。
クラウドサインその他システムの発展も相まって、電子契約の締結は、非常に便利なものとなり、もはや日常生活・ビジネスにおいて欠かせないものになっています。
その一方で、電子契約は、ワンクリックで気軽に締結できるが故に、クリックミス等により誤った申込み内容が送信されてしまうおそれもあります。
操作ミスで誤って電子契約を締結してしまった事例を想定して、いわゆる「電子契約法」と呼ばれる特別な法律が設けられていることはご存知でしょうか。
今回は、ビジネスを進める上で知っておくべき改正電子契約法(令和2年4月1日施行)の概要とポイントを解説します。
電子契約法の適用対象となる取引
「電子契約法」は、正式名称を「電子消費者契約に関する法の特例に関する法律」といいます。この正式名称からも分かるとおり、電子契約法は、「電子消費者契約」について、民法とは異なる特別なルールを定める法律であり、全部で3条だけの短い法律です。
なお、元々は「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」という法律名であり、その第4条で「離れた場所にいる者同士の契約成立時期」についても民法とは異なる特別なルールが定められていました(改正前民法は、承諾の意思表示が発信されたとき、改正前電子契約法では承諾の意思表示が到達したとき)。しかし、民法改正により、民法においても承諾の意思表示が到達したときに有効とされ(到達主義)、特別な法律を残す必要がなくなりました。そのため、電子契約法も改正され、正式の法律名も変わっているので注意してください。
電子契約法の適用対象となる「電子消費者契約」とは何かを、先ず解説します。
「電子消費者契約」とは、「消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うものをいう。」(電子契約法2条1項)と定義されています。
電子契約法の条文では、法律特有の非常に難解な用語が使われていますが、要するにネット経由で商品・サービス購入画面をクリックしていき締結される契約とイメージしていただければと思います。
この定義について、抑えておくべき点は、2点あります。
先ず、電子契約法の適用対象となる「電子消費者契約」は「消費者と事業者との間」の契約であるということです。例えば、事業を営まない個人同士の売買契約や事業者同士のサービス提供契約等は、「電子消費者契約」にはあたらず、電子契約法の適用がありません。
ご自身が、消費者或いは事業者として電子契約を締結される場合、締結の相手方がどのような属性か(消費者か事業者か)、電子契約法が適用されるのか否かを判断することが必要になります。
次に、電子契約法の適用対象となる「電子消費者契約」は、「事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って」締結される契約であることも重要です。
要するに、どこに申込み内容を入力し、どこをクリックして申込みを送信するのか等といった、消費者側の意思表示のための手続自体を事業者側が設定していることが必要です。
電子契約法の趣旨は、事業者側が設定した申込手続において消費者が操作ミス等をした場合に、消費者を保護することにあります。
したがって、例えば、経済産業省の示す逐条解説(事実上のガイドライン)によれば、事業者側は商品情報等をウェブ上に掲示するのみで、消費者がそれを見て自らメールを作成・送信することにより締結される契約は、電子契約法の適用対象にはあたりません。
適用される場合のルール(操作ミスの救済)
(1)錯誤についての、民法の原則ルール
ある商品を1個購入するつもりが、誤って11個申し込んでしまった場合、実際に購入者の意思は1個購入する意思であるにも関わらず、表示としては11個の購入意思が表示されたことになります。このような意思表示に対応する内心の意思を欠く場合、法律上は「錯誤」があると言います。
民法では、このような錯誤が重要なものである場合、意思表示は取り消すことができるものとされています(民法95条1項)。要するに、契約を締結した後も、無効にできるということです。
しかし、申込者の内心の意思を、取引の相手方は知る由もありません。錯誤があるからといって契約を全て取り消されていては取引の相手方はたまったものではありません。
そこで、民法では、表意者に重大な過失がある場合は、錯誤があったとしても原則として意思表示は取り消すことができないこととされています(民法95条3項)。
(2)電子契約法の例外(ルールの転換による消費者の救済)
民法の原則は、(1)のとおりですが、電子消費者契約の場合は、少し事情が異なります。
電子消費者契約において、事業者側は予め十分に検討を行い、申込画面を設計し、手続も自ら定めることができます。その一方で、消費者側は、事業者側が定めた手続に従って入力していくだけですから、勘違いや操作ミスが発生しやすい構造にあります。
例えば、もし事業者側が、「数量1とは、1個ではなく10個のことです」と注意書きを小さな字で書いてある画面を設けた場合、多くの消費者は「数量1とは、1個である」と勘違いして申込みをしてしまうでしょう。
事業者側でいかようにも申込画面・手続を設定できるということは、事業者側に非常に有利であり、消費者側には著しく不利な構造を生みます。
このような電子消費者契約の特性を踏まえ、電子契約法においては、表意者に重大な過失があったとしても、錯誤による取消しは制限されないこととされています(電子契約法第3条)。
要するに、消費者側に重大な過失があったとしても、錯誤による意思表示の取消しができるということですから、電子契約法は民法よりもより消費者側に手厚くルールを修正する法律と言えます。
(3)電子契約法の例外の例外
(2)のとおり、電子契約法においては、幅広く消費者側が、錯誤による意思表示の取消しを行うことが原則的に認められています。
しかし、事業者側が入念に意思表示の確認をした場合にまで、消費者側が意思表示の取消しを行えるとすると、あまりにも事業者側にリスクを負担させてしまうことになりますので、電子契約法においては更に例外の規定(例外の例外によって民法のルールが適用)が設けられています。
電子契約法上の例外の例外には、2つのパターンがあります。
先ず、1つ目が、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合です(電子契約法3条但し書き)。
例えば、「こちらの内容で申込みをしますが、宜しいでしょうか。」といった送信内容を明示する記載を送信ボタンが存在する画面と同じ画面に明示し、送信ボタンのクリックにより送信内容が意思表示となることを確認することがこれにあたります。
また、送信ボタンを押す前にポップアップで申込内容を表示し、訂正の機会を与えることもこの例外に該当するとされています。
このような同意のプロセスを経ていれば、操作ミスの可能性は低く、したがってわざわざ電子契約法で救済を図る必要がないということです。
2つ目の例外が、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合です(電子契約法3条但し書き)。
電子消費者契約の締結に慣れた消費者にとっては、わざわざ意思表示を行う意思の有無についての確認措置は、煩わしく、また必要性も低いと考えられます。
したがって、自ら電子契約法に定める措置が不要であると表明した消費者に対しては、当該措置を経ずとも、民法のルールを適用しても良いとされています。
具体的には、事業者が「申込内容確認のメッセージを省略しますか。」という表示をし、消費者が「はい」「いいえ」の選択肢の内、「はい」を選択すればこの例外にあたることになります。
3 実務上のポイント(具体的にどう対応するか)
電子契約法の重要なポイントを法律家の視点で解説しましたが、実際に取引を行う上ではどのような点に注意すれば良いかを最後にまとめます。
先ず、消費者の立場からは、ポップアップや申込みの最終送信画面が表示されたときに、必ず注意深く内容を読む必要があります。
解説したように、このような表示がなされたときには錯誤の取消しが制限されるため、電子契約法の観点から非常に重要な表示になるため、何か勘違いや誤りがないかよくよく確認されてください。
逆に、誤って申込内容を送信してしまった場合も、確認画面等が設置されていないときは、幅広く意思表示を取り消すことが可能であることを踏まえ、取消しを検討されてください。
事業者の立場からは、電子契約法に定める例外の例外が、問題なく適用できるように申込手続を設計する必要があります。文字の大きさや表示の内容等からして、電子契約法の趣旨に沿うか検討が必要です。また、例えば、英語だけでしか確認画面が表示がなされていない場合は、日本語の併記等も検討する必要があるでしょう。多様な観点から、消費者からクレームが出ないよう十分に検討する必要があります。
また、申込みの取消しが多発すると、それに対応する手間や在庫管理の困難化等、事業上の悪影響が及びます。加えて、消費者を騙すような設計であるとして、消費者事件に発展するおそれもあり、そのような場合はレピュテーションリスクも重大になります。
このような事態を招かないよう、過不足なく適切な申込手続を設計することが重要になります。
なお、電子契約法は消費者を保護することを目的とする法律であり、強行規定(当事者が同意していたとしても適用を免れない法律)と解されます。例えば、利用規約で「電子契約法は適用されないものとする。」と記載したとしても無効ですので、その点は気を付けてください。