テレワークが普及するにつれて、社印の管理が難しくなり、それに伴い、印鑑を用いない電子契約サービスが注目を集めています。
契約書を取り交わすときに、印鑑を使っているのは世界でも日本と、アジアのわずかな国々のみとなっています。これから特に、国境を越えて活躍し、グローバルな取引を進めていこうとする企業にとって、電子契約を利用することはごく当たり前となっていくでしょう。
実際、従業員50人以上の規模の国内企業のうち、電子契約サービスを利用しているのは、全体のほぼ半数にも上っています。
その一方、署名や印鑑を使わずに契約書を締結する電子契約サービスの法的な有効性について、問題ないかどうか心配する人もいるでしょう。電子契約をめぐる政府見解について簡潔に知りたい方も少なくないはずです。
政府見解は、電子契約に関連する法律や政令の他、いくつものガイドラインで示されています。
この記事では、電子契約を管轄、推進する総務省・法務省・経済産業省を中心とした政府の公式見解をもとに、日本国内における電子契約の法的な位置づけや、その有効性や注意点について具体的に解説します。
「押印についてのQ&A」テレワーク推進に向けた政府の見解
電子署名を用いた電子契約であれば、大きなコストカットのメリットを得られます。たとえば、印紙代や郵送代などの経費削減や、契約書の印刷・製本・送付・保管などの手間の削減です。
よって、電子契約が安心して利用できる世の中の実現は、経済界からの強い要請に基づいています。その要請に対して、政府は時代に適したかたちで応え続け、電子契約を推進しているのです。
2020年に、内閣府・法務省・経済産業省が連名で発表した『押印についてのQ&A』では、現代日本における印鑑の法的な取り扱いについて、端的に説明されています。電子契約の政府見解を知るために重要なガイドラインのひとつです。
伝統的に長く続いてきた日本の「ハンコ文化」を改めて見直し、印鑑なしで本人認証と文書の真正が証明できるようになっている最新のデジタル技術との擦り合わせを進めています。そうして、政府見解として正式なガイドラインが示されているのです。
以下、政府が示した「押印についてのQ&A」の内容を簡略化して記載しています。
Q1.契約書に押印をしなくても、法律違反にならないか。
契約は、当事者の意思の合致によって成立するもので、口頭でも可能です。
つまり、契約書の作成や署名・押印は、契約成立のために必須ではありません。
例外として、特別な法律の定めがある場合に限って、当事者の意思の合致に加えて、署名か押印のある契約書の作成があって初めて、契約が成立します。たとえば、民法446条2項で「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない」と定められているのが一例です。
Q2.印鑑・押印に関する民事訴訟法のルール
民事訴訟法第228条第4項は、「私文書は、本人[中略]の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と定めています。
つまり、署名や押印済みの契約書は、契約が成立した事実を示す裁判の証拠として、真正に成立したものと扱ってよく、当事者は証明の負担が軽くなると、政府は説明しています。
Q3.本人による押印がなければ、民訴法第228条第4項が適用されず、文書が真正に成立したことを証明できないのか。
押印済みの契約書は必須ではありません。契約の成立を他の資料で裏付けることができれば、それが押印済み契約書に代わる証拠となるとするのが政府見解です。
また、押印済みの契約書さえあれば、必ず裁判で勝てるわけでもありません。裁判の相手方が契約の成立を否定できるだけの十分な証拠を出せば、たとえ押印済み契約書があったとしても、裁判で不利に扱われるリスクがあります。
Q4.文書の成立の真正が裁判上争われた場合、文書に押印がありさえすれば、民訴法第228条第4項が適用されるのか。
政府見解によれば、裁判で争われた場合、押印済み契約書による証明負担軽減効果は絶対的なものでなく、限定的となりうるとしています。
たとえば、他の何者かが印鑑を勝手に使ったおそれが証拠として示されれば、民訴法228条4項の「真正成立の推定」は破られてしまいます。
また、契約書に押された印影と、契約当事者の印章が一致する事実は、実印なら印鑑証明書で裏付けられますが、認印であれば裏付けが難しくなり、やはり証明負担は軽くならない可能性が高いと、政府見解は結論づけています。
Q5.認印や企業の角印についても、実印と同様、「二段の推定」により、文書の成立の真正について証明の負担が軽減されるのか。
二段の推定とは、押印ある契約書であれば真正に成立したものと推定され、さらに、その押印が契約当事者の印章と一致していれば、その当事者の意思に基づいて契約が成立したと推定される法的規定を指します。
二段の推定は、印鑑登録されている実印だけでなく、認印にも適用されると判断した最高裁判所の判例があります。
しかし、印鑑登録証以外で、認印や企業角印の印影を裏付ける手段を独自に確保していない限り、事実上「二段の推定」を及ぼすことができません。認印や角印の印影が本当に、契約書に必要なのかどうか改めて考えることが有意義だと、政府は結論づけています。
なお、3Dプリンターなどの最新技術によって、印章の模倣が昔よりも容易になっていると指摘する声が政府に寄せられています。
Q6.文書の成立の真正を証明する手段を確保するために、どのようなものが考えられるか。
たとえば、過去から継続的な契約関係にある取引先の場合は、過去のメールのやりとりの履歴も有効な証拠になりうるとするのが政府見解です。
一方で、これから新規に取引関係に入る相手方の場合、本人を確認するための身分証明書の情報に加えて、契約に至るまでのメールやSNSメッセージのやりとりも証拠となる可能性があります。
電子契約サービスに関連するQ&A
政府が示している電子契約に関連する見解は、他にもあります。
電子契約や電子署名法を管轄する政府の主務官庁3省(総務省・法務省・経済産業省)が連名で示した『電子契約サービスに関するQ&A』には、電子署名法2条1項に関するものと、電子署名法3条に関するものが公開されています。
以下、電子契約に関するその政府見解の概略について述べます。
電子署名法2条1項に関するQ&A
政府が推進する電子署名とは、デジタル情報(電磁的記録に記録することができる情報)について行われる措置であって、つぎの2つの条件をどちらも満たす技術です。
- (1) 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること
- (2) 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること
近年多くの企業で利用されている、「事業者署名型」や「立会人型」と呼ばれる電子契約サービスが、(1)の条件に当てはまるかどうかについての疑問が多く寄せられています。
なぜなら、事業者署名型の電子契約サービスでは、その提供事業者が仲介役となり、サービス利用者(契約当事者)の間に入って電子署名を交わしているからです。
つまり、契約を行った者(サービス利用者)の代わりに電子契約サービス提供事業者が電子署名情報を作成していることなります。そのため、(1)に該当しないおそれを指摘する声が政府に寄せられていました。
しかし、技術的・機能的に見て、電子契約サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、サービス利用者(契約当事者)の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたことが担保されていれば、タイムスタンプなどの付随情報まで含めて一連の手続きを1つの措置として扱い、(1)に当てはまるものと政府は結論づけています。
電子署名法3条に関するQ&A
政府が法案制定に関わった電子署名法第3条は、電子契約などのデジタル文書について、本人すなわち電子契約の作成名義人による電子署名が行われていると認められる場合に、その作成名義人が電子文書を作成したことが推定されると定めています。
つまり、署名や押印がある契約書と同等の証明力を、電子署名のある電子契約書にも認めた内容です。
このような効力を電子契約に認めるためには、他人が容易に同一の電子文書を作成することができないデジタル技術で裏付けられていなければならないとするのが、政府の見解です。
よって、電子契約では単純なIDやパスワードの利用による本人確認では足りません。パスワードは他人により不正に傍受され、なりすましが起きる危険性があるためです。
そこで、セキュリティ水準の高い最新の暗号技術を電子契約に導入したり、ワンタイムパスワードを利用した二段階認証を電子契約に採用したりすることで、本人にしか有効な電子署名を許さない技術的可能性をできるだけ引き上げる措置が重要だと、政府は位置づけています。
政府が利用している電子契約サービスとは
民間企業が利用する電子契約サービスとして、「クラウドサイン」や「DocuSign」などがありますが、政府の推進する主要な電子契約サービスとして、2014年から電子入札などで用いられている政府電子調達システム(GEPS)があります。
政府の導入する電子調達システム
かつて、政府において公共事業や公用地開発などのため、一部の省庁でのみ利用されていた独自の電子契約システムがいくつもありました。そうした政府組織の縦割りを解消させ、同じ調達システムで一元化して利用できる大きな目的があります。
この政府電子調達システムの機能としては、民間の電子契約サービスとほぼ同等であり、経費削減や作業省力化などのメリットも同じように受けられます。