新型コロナウイルスによる感染拡大に伴い、会社員がオフィスに通勤することが難しくなっています。その状況下で、自宅でPC端末をオンラインで結ぶことによる「テレワーク」を採用する企業の事例も増えつつあります。
ただ、テレワークの環境下では、契約書の作成が難しくなるのが欠点です。なぜなら、社印を社外にむやみに持ち出すことがコンプライアンス上、適切な管理といえないからです。
そのため、テレワークに従事している社員が、契約書の印刷と記名押印、相手方への送付業務のためだけに出社を余儀なくされる状況があるのです。
その通退勤の道のりで感染リスクを負ってしまえば、せっかくテレワークを導入した意味がありません。
そのような時代背景の中で、押印不要・郵送不要・印紙不要・書類保管不要の電子契約サービスが、にわかに注目を集めています。
本人確認機能を備えている電子署名が、契約書への署名を代替する機能を果たしています。これにより、従来型の署名捺印のある契約書と同等以上の証明力のある契約の証拠を作成できるようになります。
また、電子署名法や電子帳簿保存法などが整備され、電子契約書を法的に有効とする社会環境が整ったことも、電子契約サービスの普及に一役買っているといえるでしょう。
不動産取引業界と契約書
不動産業界では、土地や建物など、比較的高価なものを取引の対象としています。しかも、形状や立地を含めれば、不動産は同じものが複数存在しない「唯一無二」であることも大きな特徴です。
また、売買や賃貸借だけでなく、不動産には抵当権、地上権、地役権、使用貸借権など、多種多様な権利を設定する場合があります。そのため契約関係が複雑になりやすいです。
よって、契約の際には取引内容を特定し、契約内容を証明する証拠としての「契約書」を取り交わすことが、ほぼ必須となっているのです。
不動産の権利関係は、原則として法務局が管理している不動産登記によって公示されています。そして、権利関係が変動したことによる不動産登記の書換手続きの際には、その権利変動の証明として契約書のコピーの提出が必要となります。
不動産業界にとって契約書は、切っても切り離せないほど、非常に重要な位置を占めているのです。
現在、不動産に関する契約書も、原則として電子契約に置き換えられるようになりました。電子署名法などによって、電子契約サービスによるデジタル契約書でも、従来型の紙の契約書と同等以上の証明力が認められるようになっているためです。
不動産業界で電子契約を採用するメリット
電子契約サービスは基本的に有料で、月額一定の利用料を支払うサブスクリプション型が一般的となっています。
特に、マンション棟の賃貸管理など、多数の契約者を相手にすることが多い不動産業界では、件数が増えてもコスト負担が一定となるサブスクリプション型電子契約の費用対効果が高くなります。
また、少数の売買取引を確実に進めるタイプの不動産業者も、有料電子契約サービスの利用で採算が合いやすいでしょう。不動産取引で一度に動く額は高額で、利益率も高い場合が多いからです。
不動産業界内での実需としても、電子契約の注目度は高まっています。なぜなら、通信技術や交通機関の発達により、遠隔地の土地や建物を売買・賃貸しようとする人が増えているためです。VR(仮想現実)技術の発達によって、オンラインで不動産の内見を済ませられるようなサービスも始まっています。
また、資産形成を目的とした不動産投資も人気を集めています。ここでも、都市部にマンションなどを所有し、安定的な家賃収入を得ようとする地方在住のオーナーが増加傾向にあります。
不動産電子契約の将来性
近ごろでは、金融とITの融合を指す「フィンテック」や、食品産業とITとの融合をめざす「フードテック」などの言葉も一般的になってきました。電子契約のように、法務とITを組み合わせた技術は「リーガルテック」とも呼ばれます。
その一環で、不動産とITを融合させる「不動産テック」という用語も生まれました。不動産取引に関連する契約書の電子化も、不動産テックの実用化事例だといえます。
近年では、不動産業界のみに特化した電子契約システムも台頭してきていますので、その点からも、不動産取引での電子契約の需要の高まりを読み取ることができます。
たとえば、不動産業界に対する総合的なソリューションサービスを提供する「いえらぶ」や、ソフトバンク系列の「IMAoS」(イマオス)などの業者が、不動産取引を専門にした電子契約サービスを展開しています。
電子契約を導入できない土地建物契約
一般的な不動産売買や不動産賃貸、抵当権設定などの契約書については、問題なく電子化できるのが原則です。
特に不動産賃貸では、個人が借主になる場合がほとんどですので、わかりやすい操作性や視認性のインターフェイスを備えている電子契約サービスを採用するのが望ましいです。
なぜなら、デジタルデータの取り扱いが苦手な個人でも、スムーズに電子契約を締結できるようにする配慮が大切だからです。
その一方で、不動産業界には電子契約サービスを導入できない契約がありますので、注意が必要です。
たとえば、有効期限の定めがある不動産賃貸契約の一部は、電子契約サービスの対象外です。
具体的には「事業用定期借地契約」「存続期間50年以上の定期借地契約」「更新のない定期建物賃貸借契約」については、借地借家法の規定によって、書面による契約書の作成が義務づけられています。
また、農地の賃貸借も、存続期間・賃借料の額・支払い条件などを明記した契約書を作成しなければならないと、農地法によって義務づけられています。ここでも電子契約サービスを利用することは認められていません。
不動産仲介の業界でも、宅建業法(宅地建物取引業法)の規定によって、「不動産売買等の媒介(仲介)契約書」「不動産売買契約における重要事項説明書」などが、紙の書面による交付を義務づけられています。そのため、やはり電子契約サービスを利用できません。
さらに、建設業界も広い意味で不動産業界に含まれるものとすれば、建設請負の契約書も、紙で作成して記名押印が必要ですので、注意しなければなりません。建設業法の規定によって、建設業者の承諾を得ない限り、契約書の電子化はできないものとして扱われています。
このほか、マンション管理業務の委託契約書も、マンション管理人の相手方となる本人の承諾を得られない限り、電子契約サービスを利用できません。マンションの管理の適正化の推進に関する法律73条の規定が根拠です。
以上の局面では、不動産という高価で社会的にも価値の高い資産が対象になっていることから、特に重要な内容が確実に知らされなければ、契約当事者に思わぬ重大な損害を被らせるおそれがありえます。
こうした被害から当事者を保護し、日本経済を円滑に進めていこうとする観点から、一部の不動産関連契約では、書面で確実に契約内容や重要事項を通知し、当事者で共有することが義務づけられているのです。つまり、口約束・口伝えだけでなく、電子契約によっても法的に有効に成立させない運用にしています。
将来的には電子契約が全面解禁へ
ただし、こうした規定は、現代のように電子契約サービスが広く普及する前に作られた、前時代的なルールであることも確かです。
そこで、電子契約によるデジタル文書でも、紙の文書と同じように、契約当事者に対して注意喚起や意思表示をする機能が認められるなら、法的に有効なものとして扱って構わないのではないか……という社会的な議論も行われています。
2021年5月に「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」が、国会で可決・成立しました。いよいよ正式な法律として9月から施行されます。
この法律の中では、押印を求める各種手続についてその押印を不要とするとともに、書面の交付等を求める手続について電磁的方法により行うことを可能とするため、現存する48の法律を改正すべきだとしています。
その48法の中には、先ほど挙げた宅地建物取引業法、借地借家法、マンション管理適正化法、建設業法なども含まれています。
これらの法律は、2021年9月以降に順次改正される見込みです。将来的に、日本の不動産契約で、電子契約書が、ほぼすべての場面において有効となる見通しなのです。
また、不動産仲介業者が交付すべき重要事項説明書を電子化できるかどうか、いわゆる「IT重説」の実現可能性や将来性についても、2021年から国が社会実験を進めています。
日本の不動産業界が伝統的な「ハンコ文化」から脱却し、本格的な電子契約時代が到来する日も、すぐそこまで来ているのです。